おくむら大腸肛門クリニック院長のブログ

岡山市の大腸肛門専門クリニックの院長のブログです。

肛門周囲膿瘍・痔瘻についてのお話し~症状とその診断まで

肛門周囲膿瘍と痔瘻は同じ病気ではありません

今回は痔の中のひとつ「肛門周囲膿瘍と痔瘻」についてお話しさせていただきます。

皆様の中に、「おしりの周りの皮膚の下に膿が溜まって、病院で切って膿を出してもらった」という経験をされた方はおられるでしょうか?これは「肛門周囲膿瘍」という病気です。

人間の肛門から2㎝程奥の肛門の皮膚と直腸粘膜の境界部分には、元々全周にわたって「肛門陰窩(いんか)」とよぶ細い溝が十数個あります。この「肛門陰窩」の一番奥には肛門腺という組織があります。(ワンちゃんを飼っている方は肛門腺を絞るというのを聞いたことがあるかもしれませんね。実は人間にもあるんです。)

通常は細い溝なので便などが入り込むことはありませんが、下痢などをすると水様便と一緒にこの溝に細菌が入ってしまうことがあります。これにより奥の肛門腺が化膿すると肛門の出口の周りの皮膚の下に膿が溜まってしまいます。これが「肛門周囲膿瘍」という病気です。

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1)肛門陰窩から細菌が入り込む(マルホ製薬ホームページから)

おしりの周りに膿が溜まっているわけですから、当然徐々に痛みが出てきて腫れてきて、膿が増えると高い熱が出ることもあります。

肛門周囲膿瘍の治療としては「たまった膿を出してしまう」というのが原則です。「切開排膿術」というやつですね。通常局所麻酔で行います。(その痛み止めが痛いという方も多いのですが)また、それほど膿が形成されていない場合は抗生剤だけで経過を見ることもあります。

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2)肛門周囲膿瘍の状態

さて、膿の表面の皮膚を切開することにより膿が出てしまえば痛みや発熱などの症状は改善します。それで症状がその後も出なければ、「今回は肛門周囲膿瘍という状態で治った」ということになり治療は終了です。もちろん手術は要りません。

ところが、切開排膿術の処置はおしりの表面の皮膚を切開して膿を出しただけで、細菌が入り込んだ肛門陰窩の入り口に対しては当然なんの処置もされていないことになります。その入り口が元々菌が入りやすい形状や角度だったりすると、再び下痢などの時に同じ所に細菌が入り、また同じ場所に膿が溜まります。そのような症状を繰り返していると、おしりの皮膚から膿が継続的に出てくるようになってしまうことがあります。

このような経過によって、お尻の中に元々ある溝(肛門陰窩)とお尻の周りの皮膚の膿の出口(二次口といいます)が繋がって「瘻管」という通り道(トンネル)が形成されてしまった場合、「痔瘻」に進展したと診断されます。

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3)痔瘻の状態(肛門の内部と皮膚の間にトンネルが形成)

このように痔瘻はいきなり初めからなるものではなく、肛門周囲膿瘍を繰り返し、膿を出す通り道(瘻管)が形成されて初めて成立し診断される病気です。肛門周囲膿瘍とは痔瘻の前段階の状態と言えるでしょう。

この「肛門周囲膿瘍」と「痔瘻」との違いは肛門科の専門医以外はあまり理解されていないかもしれませんね。

2020年度版の肛門疾患診療ガイドラインによると肛門周囲膿瘍から痔瘻に進むのは30~40%とされています。

逆に言えば初めて肛門周囲膿瘍を発症して切開した方はそれだけで治癒する可能性も60~70%あるため、私は肛門周囲膿瘍の切開後は痔瘻と完全に診断できるまでは、経過を診て不要な手術は避けるようにしています。

第73回日本大腸肛門病学会総会でも、あるクリニックの先生が「切開排膿を施行した肛門周囲膿瘍の予後検討」を報告されていましたが、検討結果から「肛門周囲膿瘍がすべて痔瘻になるわけではない。初回の切開排膿と同時に手術日を決めている医療機関もあるが、それらがすべて手術の必要があるわけでは無い。」とのコメントが学会でありました。

また、切開した直後の状態は、膿がたまっていた空洞が大きく、なにより「瘻管」がまだ固まっていないドロドロの状態です。その状態で手術をした場合は傷が不必要に大きくなり、瘻管の同定も十分できないことがあります。非常に専門的なお話ですが、痔瘻の手術はこの瘻管をしっかり見つけて、細菌が入ってきた入り口をしっかり確認して処理するのが重要なのです。そのため、「特に初回の肛門周囲膿瘍が短期間に痔瘻になり、またその膿が奥深くにあった場合は、すぐに痔瘻の手術をせず、ある程度傷が固まってから手術をしたほうが良い」と私は肛門科の先輩の先生方から教えていただいてきました。

このため最初の肛門周囲膿瘍を切開してから症状が落ち着いていれば、痔瘻の手術をするまで1年以上外来で経過を見ることもあります。痔瘻は基本的には良性の病気ですし緊急性はありませんからね。ただし痔瘻を10年以上放置するのは良くありません。長期間痔瘻を放置すると稀に痔瘻癌という悪性疾患を発症することもありますので要注意です。

さて、痔瘻になった場合、瘻管の内部は汚い不良肉芽という組織で覆われているため、薬で消えることは難しく、このため基本的に手術をしないと治らないとされています。痔瘻の手術法にはいろいろな種類があります。今回は話が長くなりましたので、手術については次回お話ししたいと思います。それではまた!

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